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町指定文化財11〜15

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大日堂 教育委員会生涯学習課 文化振興係
那須権守貞信が神田城を築いた際、大日堂を建立し、 居城乾の鎮となしたと伝えられています。 建物には文様や彫刻による装飾が施されています。

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貞和の碑 教育委員会生涯学習課 文化振興係
南北朝時代の貞和3年(北朝年号1347)に建てられた供養碑で、高さ82cmの 三角形の硬質砂岩です。 他に、天正の碑、慶長の碑が同所にあります。 (左から慶長の碑、天正の碑、貞和の碑)

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那須記 原本 教育委員会生涯学習課 文化振興係
大金重貞が著したな那須記15巻と那須氏系図1巻の計16巻。 延宝4年(1676)成立。中世下野の豪族那須・宇都宮氏や常陸佐竹氏の興亡や当地方の伝承も詳しく記述されています。

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川崎古墳 教育委員会生涯学習課 文化振興係
武茂川と那珂川の合流地点近くにある前方後円墳で、 全長約49m、後円部の直径約21m、高さ約5mです。 胴張り型式の石室は県内最大規模で重要なものです。

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北島秀朝 書簡 教育委員会生涯学習課 文化振興係
北島秀朝は天保13年(1842)大山田下郷篠尾神社益子家神官の子として生まれ、東京府大参事、和歌山県令、長崎県令などを歴任しました。 これは明治2年に母に送った書簡です。

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佐々宗淳 書簡 教育委員会生涯学習課 文化振興係
那須国造碑堂宇の建立や大田原市の侍塚古墳の発掘を徳川光圀が大金重貞に命じた指図処置について、佑筆で儒者である佐々介三郎宗淳が重貞にあてた書簡です。

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御前岩 教育委員会生涯学習課 文化振興係
徳川光圀公が巡村の際たまたま御前岩を見て、「出生岩」と名づけたという記録があり、対岸から見えないよう植えさせた竹は「腰巻竹」と呼ばれています。

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北島秀朝 書簡 教育委員会生涯学習課 文化振興係
北島秀朝は天保13年(1842)大山田下郷篠尾神社益子家神官の子として生まれ、東京府大参事、和歌山県令、長崎県令などを歴任しました。 これは明治2年に母に送った書簡です。

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親鸞聖人蛇身済度御経塚 教育委員会生涯学習課 文化振興係
夫を邪推して沼地に身を投げ蛇身と化した女を、親鸞聖人が済度し、 その池沼を埋めて築かれたと伝えられています。

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岩谷内横穴古墳 教育委員会生涯学習課 文化振興係
全長4.8m、主室中央高さ2.3m。 周辺に複数の横穴が存在していたと考えられています。